五方よし(読み)ゴホウヨシ Gohou-yoshi

ごほう‐よし [五方良し]

≪「ごぼうよし」とも≫

五方よしの意味

五方良しは、近江商人を発祥とする≪三方良し≫で示されている3要素(「売り手」「買い手」「世間」)を

現代のビジネス環境に適合させる目的で変更追加し、五要素としたビジネスの心得。

五方よしで追加された要素

三方良しでは表現されていなかった「作り手」と「未来」の2要素を追加

五方良しで変更された要素

三方良しでは「世間」と表現されていた要素を「社会」へ変更

三方良しから五方良し イメージ図

五方よしの説明

五方よしは、日本発祥の三方よしという近江商人の商いの心得を現代にフィットするよう表現を変えたもので、本質的な考えが変わったものではありません。それではなぜ2つの要素を加えた表記になったのか?その説明をする前に、三方よしをおさらいします。

五方よしのベース「三方よし」

三方よしは明治後期から昭和初期にかけて日本国内で流布されていた言葉ですが、言葉の意味、考え方のベースとなるものはそれ以前に存在しています。
記録では一七五四年(宝暦4年)の近江商人中村治兵衛宗岸が残した15歳の養嗣子に残した「宗次郎幼主書置」という書物中の記述に三方良しの考えと同様の考えを見る事ができます。

宗次郎幼主書置 記述の抜粋

「知っている人も知らない人も、その国の人々が商品に満足することを優先し」
「高利を望まず、『天道のめぐみ次第』と考えて」商売をして、
「自分の欲望を抑えるために、神仏への信仰心を持ちなさい」

宗次郎幼主書置はその後、明治23年( 1890年)記された「近江商人」の中で要約されました

近江商人 記述の抜粋

「他国ヘ行商スルモ総テ我事ノミト思ワズ、其国一切ノ人ヲ大切ニシテ、私利ヲ貪ルコトナカレ、神仏ノコトハ常ニ忘レザル様致スベシ」

これらの言葉から、小倉栄一郎が「売手よし」「買手よし」「世間よし」という三方よしというキャッチコピーを生み出し、一般化しました。

五方よしのベース三方良しの関係事項

初代伊藤忠兵衛の言葉 「商売は菩薩の業」

熱心な仏教信者であった伊藤忠兵衛は『商売道の尊さは,売り買い何れをも益し,世の不足をうずめ,御仏の心にかなうもの』というポリシーをもち、共存共栄の精神を持っていたとされる。

渋沢栄一の論語と算盤

同書の中で渋沢は、

で「倫理と利益の両立」をあげ、国全体を豊かにするため、富は全体で共有するものとして社会に還元すべきと説くとともに、自身も実践した

五方良しの表記の狙い

三方良し、三方良しと同義の商いの心得が生まれた時代は、おおむね産業革命前の家内制手工業主体の産業時代でした。当時と現代を比較した際に産業の進化の速度、ステークホルダーの広がりなどビジネスを取り巻く環境が大きく変わったことは皆様の承知の所であると思います。

現代はSocity5.0(人間中心の世界)を目指している時代です。五方良しのベースとなる三方よしの時代(明治頃)はSocity2.0~3.0の時代でした。その間に発生した大きな変化は情報革命です。(society4.0)

すなわち、三方よしの心得を現代でより良く活用できるよう、現代ビジネスに対応するには、三方よしに含まれるSociety3.0、4.0、5.0の要素を明確にしする事が必要であると考えました。

五方よし~現代の三方よし

五方よしの5要素「売り手」 「作り手」 「買い手」「社会」「未来」

売り手・・商品・サービスを提供する側(メーカー、商社、商店などと従業員家族などの関係者)

作り手・・商品・サービスを作る側  (サプライヤー、協力会社などと従業員家族などの関係者 )

買い手・・商品・サービスの提供を受ける側(消費者とその家族など)

社会・・(三方よしでは「世間」)商いの展開地域が全地球に広がり世間=(domestic)public、より広い、社会=societyとした。

未来・・(三方よしでは表現なし)もともと内包していた考えであるが、グローバル理解を考慮し、明示化した。

出典:五方総合研究所 研究レポート「三方よしから五方よし」より